小売業はVRの技術を従業員教育に活用することで実践的な接客トレーニングができる

小売業はVRの技術を従業員教育に活用することで実践的な接客トレーニングができる

VR(バーチャルリアリティ)とは、コンピューターによって作られた仮想的な世界を現実世界のように体感できる技術のことで、小売業を含め、様々なビジネスでの活用が期待されています。アメリカの大手小売業ウォルマートは、従業員のトレーニングにVRの技術の導入を進めていて、日本にはない新しい動きとして注目です。VRを使ったトレーニングには、仮想空間の中で店舗を体験ができる、従来の教育方法よりも成果が高い、コンテンツ管理がしやすい、教育コストが削減できるといったメリットがあります。ウォルマートでVRの導入が拡大すれば、日本の小売業でも導入する企業が増えると思います。

日本の小売業は低賃金の非正規従業員(アルバイト・パート)を活用することで、ローコストで店舗を運営してきましたが、現在は人手不足で採用難の状況になっています。小売業が人手不足の中でも店舗の生産性を高めるためには、非正規従業員(アルバイト・パート)への教育に投資をして、非正規従業員(アルバイト・パート)の職務権限を拡大して行くことになります。また、小売業は店舗のデジタル化を進めていて、店舗には次々に新しいテクノロジーが導入されています。今後、小売業は質の高い教育を多くの従業員に実施する必要があり、VRが持つメリットは小売業にとって魅力的なものが多いです。

ウォルマートは従業員のトレーニングにVRの技術を本格的に導入

アメリカの大手小売業ウォルマートは、従業員のトレーニングにVRの技術を本格的に導入しようとしています。VRとはバーチャルリアリティの略称で、コンピューターによって作られた仮想的な世界を現実世界のように体感できる技術のことです。2018年9月にウォルマートが発表した情報によると、10月から年末までに1万7,000台以上のVRヘッドセットを米国内の約4,700店舗に配備して、将来的には国内全店舗に展開する予定です。ウォルマートは「Walmart Academy」という名前の研修プログラムを実施していて、VRを使ったトレーニングは「Walmart Academy」の研修プログラムの一つです。

アメリカの小売業のニュースを見ていると、Amazon対ウォルマートに関する話題が多く、日本以上にリアル対ネットの競争が激しい印象です。リアルのウォルマートはデジタルへの投資を積極的に行っており、ショッピングアプリ、カーブサイドピックアップ、ストアピックアップなど、新しい買い物体験を生み出そうとしています。VRを使った従業員のトレーニングも、デジタルへの投資の一つです。日本の小売業がVRを使うといった話はまだないので、ウォルマートのVRの活用方法には注目です。ウォルマートがVRで成果を上げれば、日本の小売業でもVRを導入する動きが出て来ると思います。

ウォルマートが従業員のトレーニングにVRを導入する理由は、VRが作り出す仮想空間において、店舗での仕事を模擬的に体験しながら学習できるためです。ウォルマートは多くのお客さんが買い物に来る年末商戦に向けて、VRで実践的なトレーニングを行なったとのことです。YouTubeでアメリカの年末商戦の動画を見ると、店舗にお客さんが殺到していて、店内ではお客さんが走り回っています。年末商戦はベテランの従業員でも大変ですが、新人の従業員はさらに大変です。新人の従業員にVRで模擬的な年末商戦を体験してもらっておけば、本番でも慌てずに落ち着いて業務をこなすことができます。

ウォルマートはネットで注文した商品を店舗で受け取るための専用装置、「ピックアップタワー(Pickup Tower)」の導入を進めています。「ピックアップタワー(Pickup Tower)」は高さ5メートル、幅2.5メートルほどの装置で、ピックアップ専用のコードを読み込ませると、ベルトコンベアで商品が運ばれてくる仕組みです。ウォルマートは「ピックアップタワー(Pickup Tower)」に関する従業員のトレーニングでも、VRを活用しています。「ピックアップタワー(Pickup Tower)」が設置されていない店舗でも、VRで事前にトレーニングが受けられるため、本格的な導入をスムーズに行うことができます。

ウォルマートが従業員のトレーニングにVRを導入する理由は、仮想空間で実践的なトレーニングができるためです。従来のテキストや動画を使ったトレーニングよりも、VRの方が従業員の理解が深まるというデータも取れています。実践的なトレーニングができることはVRのメリットですが、教育コストを縮小できることもVRのメリットです。小売業の従業員教育では、外部から講師を呼んで話をしてもらう、先輩の従業員が仕事をしながら教えるというものです。これらの教育方法はその都度コストが発生しますが、VRは最初にコンテンツを作成すれば、同じコンテンツを全従業員が利用することができます。

ウォルマートのような大規模小売業は従業員の入れ替えが激しく、新しい従業員への教育を常に実施しなければなりません。小売業の従業員はアルバイト・パートが多く、お金と時間を掛けて教育しても、短期間で辞めることが多いです。従業員の教育では費用対効果が重要ですが、VRを使ったトレーニングは費用対効果を改善する効果が期待できます。従業員の教育コストを積極的に削減しようとする企業はないため、教育コストには削減する余地が大きいのではないかと思います。また、全従業員が同じコンテンツを使って学習するため、教育内容の違いが生まれず、従業員のスキルの標準化が進む効果もあります。

ネット通販の拡大・店舗のデジタル化により接客が重要になる

お客さんはどの店舗で買い物するかを決めるにあたって、価格、商品の質、品揃え、サービス、接客、立地といったポイントを評価しています。これまで小売業は安売りに力を入れて来ましたが、お客さんがより安い商品を求めるからです。多くの店舗で同じメーカーの商品を販売しているため、お客さんは価格に詳しくなります。お客さんが重視しているポイントは何かと考えると、最も重要なのは立地、次に価格ではないかと思います。お客さんは買い物に時間が掛かることを嫌うため、価格、商品の質、品揃えなどで圧倒的な価値がなければ、遠方の店舗まで買い物に出かけることは少ないです。

接客はお客さんが店舗を評価するポイントの一つですが、他のポイントほど重視されて来ませんでした。接客が重視されない理由は、お客さんにとって価格、商品の質、品揃えの方が接客よりも重要だからです。また、多くの店舗ではアルバイト・パートが接客を行うため、アルバイト・パートに多くを望んでも仕方がないと考えるお客さんもいます。小売業の店舗で接客が重視されるのは、家電量販店ぐらいではないかと思います。家電は専門性の高い商品で、価格も高く、お客さんは買い物にストレスを感じます。ストレスを感じる買い物で店員の接客に問題があると、お客さんの不満も大きくなります。

これまで小売業では接客が重視されて来ませんでしたが、最近は接客を強化しようとする動きが見られます。お客さんが強く求めているというよりは、小売業が自発的に接客の強化に取り組んでいます。小売業が接客を強化する背景には、ネット通販の拡大が続いていることがあります。ネット通販は価格、豊富な品揃え、自宅まで商品を届けてくれる配達の利便性を強みにしていて、実店舗にはない優れた買い物体験を提供しています。従来の小売業はネット通販との競争が激しくなる中で、実店舗にしかない接客を強化することで、ネット通販と差別化して、お客さんにアピールする狙いがあります。

インターネットが普及したため、お客さんの買い物はインターネットで検索することから始まります。お客さんはインターネットで商品を検索して、ネットショップ、実店舗のどちらか、都合の良い方で買い物をします。実店舗で買い物をするお客さんも、事前にインターネットで商品情報を調べていることが多いです。お客さんは店員への質問を持っていて、店員が質問に適切に答えてくれることを期待しています。店員が期待する情報・知識・体験を持っていなければ、お客さんはがっかりします。小売業はお客さんが期待する情報・知識・体験を提供できなければ、お客さんを失ってしまう可能性があります。

今後、小売業の店舗はデジタル化して行く見込みですが、店舗のデジタル化を進めるうえでも、従業員の接客力を強化することが必要です。店舗のデジタル化が進めば、電子マネー、スマートフォン決済、ショッピングアプリといった新しいサービスの利用を、お客さんにお願いして行くことになります。新しいサービスを積極的に利用してくれるのはごく一部のお客さんで、多くのお客さんは新しいサービスの利用に消極的です。店舗のデジタル化を進めるためには、お客さんに新しいサービスを丁寧に説明して行く必要があり、従業員には専門性の高い内容をお客さんに説明する能力が必要になります。

小売業は店舗をデジタル化することで、大きなコスト削減が見込めるので、店舗のデジタル化を積極的に進めて行きたいです。一方、お客さんは店舗のデジタル化により、従来の買い物方法から変化を強いられることになるため、店舗のデジタル化には消極的です。2018年はキャッシュレスが注目を集めましたが、キャッシュレスに関するアンケート調査を見ても、現金を使う買い物方法で不満はないという意見が多いです。小売業は変化を嫌うお客さんに対して、変化をお願いする形になります。小売業が店舗のデジタル化を迅速に進められるかどうかは、従業員の接客力に掛かっていると言えます。

小売業は非正規従業員(アルバイト・パート)の能力を活かせていない

小売業の店舗は少数の正社員と、多数の非正規従業員(アルバイト・パート)で運営されています。正社員には高い給料と職務権限が与えられていて、非正規従業員(アルバイト・パート)は時給で給料は低く、職務権限は与えられていません。正社員と非正規従業員(アルバイト・パート)の割合は業種によって異なりますが、非正規従業員(アルバイト・パート)がいない店舗はまずありません。小売業が店舗を少数の正社員と非正規従業員(アルバイト・パート)で運営することは普通のことでした。しかし、人口減少で非正規従業員(アルバイト・パート)の採用が難しく、従来の店舗運営が難しくなりつつあります。

多くの小売業はメーカーから仕入れた商品をお客さんに販売していて、売上総利益率は低いです。低い売上総利益率では多くの従業員の高い給料を支払うことが難しく、少数の正社員を厚遇する形になっています。非正規従業員(アルバイト・パート)は給料を低く抑えられていますが、非正規従業員(アルバイト・パート)の働きによって、正社員の給料が担保されています。小売業の店舗運営は非正規従業員(アルバイト・パート)に依存していて、不安定な部分が多いです。非正規従業員(アルバイト・パート)の採用が難しくなったことで、これから小売業の店舗運営が大きく変化する可能性があります。

小売業の指示は本部、店長、正社員、非正規従業員(アルバイト・パート)という流れで伝わります。上流ほど強い権限を持っていて、下流に行くほど権限はなく、指示された命令をこなすだけになります。また、上流ほど人数が少なく、下流に行くにほど人数は増え、非正規従業員(アルバイト・パート)は全従業員の大部分を占めています。非正規従業員(アルバイト・パート)の仕事は、商品の発注・補充と接客が中心です。少子高齢化で人口減少が進む中で、これだけの多くの非正規従業員(アルバイト・パート)に、商品の発注・補充と接客だけをやらせ続けていいのかというのは疑問に感じるところです。

小売業の店舗で働いていても、買い物をしていても感じることですが、正社員と非正規従業員(アルバイト・パート)には明確な階層の違いがあります。非正規従業員(アルバイト・パート)が正社員に意見することはほとんどなく、正社員が決定したことを非正規従業員(アルバイト・パート)がそのままやることが多いです。正社員と非正規従業員(アルバイト・パート)に明確な階層があることは、小売業の成長を妨げている要因になっています。小売業は正社員と非正規従業員(アルバイト・パート)を雇用形態で分断するのではなく、非正規従業員(アルバイト・パート)の能力をもっと活用したいです。

小売業は新規出店で規模を拡大することで成長してきましたが、業種を超えた競争の激化、ネット通販の拡大、少子高齢化による人口減少により、新規出店が難しくなっています。一部の好調な製造小売業、好調な業界を除けば、小売業の成長戦略は新規出店ではなく、既存店の強化へシフトしています。規模の拡大で成長できていた時代は、規模の拡大で原価率が低くなるので、店舗運営に問題があっても営業利益を増やすことができました。しかし、既存店の強化で成長する時代は、原価率が低くなることは期待できず、店舗の問題を一つ一つ改善するこで収益性を高め、営業利益を増やすことになります。

今後、小売業の店舗はデジタル化して行きますが、デジタル化した店舗では、高齢の正社員よりも、若い非正規従業員(アルバイト・パート)の方が活躍することは確実です。店舗のデジタル化を進めるうえでは、高齢の正社員に権限を与えるよりも、若い非正規従業員(アルバイト・パート)に権限を与えた方が物事がうまく進みます。また、女性の社会進出によって女性の所得が伸びているため、女性が買い物がしやすい店舗作りをして行かなければなりません。非正規従業員(アルバイト・パート)には女性が多く、店舗作りに積極的に関与してもらえれば、女性のお客さんの取り込みもうまく進みます。

日本の小売業はVRを導入することで店舗の生産性を高められる

小売業はこれまで少数の正社員を中心に教育してきましたが、これからは多数の非正規従業員(アルバイト・パート)に教育して行くことになります。人数が少ない正社員への研修では、全国の従業員を本社・研修センターに集めるといったことができますが、人数が多い非正規従業員(アルバイト・パート)への教育では、正社員と同じやり方はできません。多数の非正規従業員(アルバイト・パート)を効率よく教育する、新しいソリューションが必要になります。VRはトレーニングツールとしてまだ充分な実績はないものの、ウォルマートでの使われ方を見ると、日本の小売業でも役立つのではないかと思います。

日本では人手不足でアルバイト・パートの採用が難しくなっていますが、人手不足は店舗で働く人が不足するだけではなく、教育する人も不足しています。小売業の教育では、先輩が後輩に店舗での業務を通じて仕事を教えることが一般的ですが、人手不足で先輩が忙しくなると、後輩への教育を行うことが難しくなります。VRを使ったトレーニングは最初にベースとなるコンテンツを作成すれば、あとは従業員が自分でコンテンツを体験しながら学習します。各店舗で行われている業務を通じた教育を減らして、VRを使ったトレーニングを増やせば、各店舗の教育コストを削減する効果も期待できます。

インターネットが普及したことで、実店舗で買い物をする前にインターネットで商品を検索した後、実店舗で買い物をする「ウェブルーミング」を行うお客さんが増えています。お客さんは実店舗に来る前にインターネットで商品を検索しているので、実店舗では商品の仕様を何度も説明するような接客は減ります。小売業は効率よく商品を販売するために、ウェブルーミングに対応した接客スタイルを構築したいです。お客さんが興味を持つ商品を絞り込む、お客さんが疑問に思うポイントをリストアップする、一緒に提案する商品を用意するといった準備をすれば、ウェブルーミングに対して対応できます。

ウェブルーミングに対応した接客スタイルを構築するうえで、VRを使ったトレーニングはうまく機能するのではないかと思います。新商品は次々に登場するため、各商品・カテゴリーごとに、ウェブルーミングに対応した接客スタイルを用意したいです。多くの従業員に対して、新商品の接客スタイルを効率よく教育するためには、コンテンツの制作・更新・管理がしやすいVRは効果的です。ウェブルーミングに対応した接客スタイルが確立できれば、経験の浅い店員でも自信を持って接客できます。お客さんのニーズは多様化していますが、各ニーズに対応した教育を事前に実施しておけば対応できるはずです。

現在、小売業では「買い物体験」という言葉を目にすることが増え、商品の価値・価格だけではなく、接客、配送、サービスなどを含め、店舗は総合的に評価されます。インターネットが普及して、お客さんが取得する情報量が大幅に増えたことで、実店舗の接客の価値は以前よりも高まっています。お客さんはインターネットで商品を知っても、インターネットだけでは実際に商品を見たり、触ったり、体験できないので、実店舗に体験を求めるようになっています。小売業は実店舗でお客さんの希望する情報・体験を提供できれば、お客さんに気持ちよく買い物をしてもらえ、顧客満足度も高まります。

高齢化社会の進行、店舗のデジタル化も、小売業が接客を強化しなければならない理由です。小売業はスマートフォンアプリ、モバイル決済、電子マネーを導入して店舗の効率化を図りたいですが、高齢者のお客さんが新しいテクノロジーを利用することは簡単ではありません。テクノロジーに詳しい従業員を育成して、高齢者のお客さんに時間を掛けて説明して行くことになります。小売業が従業員にテクノロジーの教育するにあたって、VRは重要な役割を果たすと思います。店舗には次々に新しいテクノロジーが導入されるため、従業員の教育、お客さんへの説明をスムーズに行う仕組みが必要です。