小売業に「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」の考え方が必要になる理由

ビジネスニュースを見ていると、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」という言葉を目にする機会が増えています。「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」とは、一人のお客さんから長期的(一生涯)に渡って得られる利益(価値)のことを意味しています。「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」の注目度が高くなっている理由には、社会のデジタル化によって顧客データが蓄積されていること、少子高齢化の進行によって人口が減少しているなどが考えられます。特に人口の減少の影響は大きく、新規顧客を獲得することが難しくなっているため、既存顧客との関係強化にシフトするのは順当な流れです。

これまで小売業は様々な事情から「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を重視してきませんでしたが、現在では、小売業においても「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」が重要になっています。小売業は実店舗でお客さんとの関係を持っていますが、実店舗だけの関係では、何らかの事情で途切れてしまうリスクがあります。インターネットはお客さんとの関係が途切れることはないため、実店舗からインターネットへと進出していく必要があります。実店舗は商品を販売するだけの場所ではなく、ネットショップで注文した商品を受け取る場所、ネットショップの商品を確認する場所にまることができます。

「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」がなぜ注目されるのか

マーケティング用語に、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」という言葉があります。「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」とは、長期的に一人の顧客から得られる利益のことです。企業は売上高を増やすために、これまでに取引のない新規顧客の獲得を目指します。新規顧客は売上高に貢献しますが、獲得には販促コストが掛かります。一方、新規顧客の中には、継続的に買い物を続ける既存顧客になってくれるお客さんもいます。既存顧客は販促コストが掛からない分だけ、企業にとっては収益性が高いです。

「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」という言葉は昔からありますが、ビジネスニュースで目にする機会が増えています。ビジネス環境が変わり続ける中で、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高める戦略を採る企業が増えているようです。社会のデジタル化が進んでいるため、企業は膨大な顧客データを蓄積しています。企業は顧客データを分析することにより、お客さんに適切な商品・サービスを提供することができれば、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることができます。

「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」と似たような概念の言葉として、「経済圏」という言葉があります。楽天経済圏、ドコモ経済圏など、企業の名前を冠していることが多いです。様々な商品・サービスを提供する企業グループが、一人のお客さんと生涯に渡って取引を続けることを狙っています。楽天経済圏、ドコモ経済圏では、クレジットカードやポイントが経済圏の中心にあります。お客さんはクレジットカードを使って消費活動を行うとポイントが貯まり、得たポイントを次の消費活動で使うといった具合に、企業グループの経済圏の中で、生涯に渡って消費活動を続ける可能性があります。

楽天経済圏、ドコモ経済圏のように、経済圏を構築している企業にはインターネット企業が多いです。これは商品を買う、サービスに申し込むといった消費活動が、インターネット経由で行われるようになっているためです。楽天はECサイトの楽天市場を運営していますが、旅行、保険、金融などのサービスも、インターネットで利用できます。また、楽天の決済サービス「楽天ペイ」は、実店舗にも進出しています。楽天はインターネット、実店舗の両方でお客さんとの接点を増やしながら、楽天経済圏を拡大しています。

「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」は、小売業にとっても重要なものです。これまで、様々な事情から、小売業はお客さんの情報をほとんど保有してきませんでした。小売業は実店舗において、店舗の周辺に済む不特定多数のお客さんに商品を販売しています。顧客データがないので、誰が何を購入しているのか、誰が店舗に来なくなったなどは分かりません。しかし、小売業では業種の垣根を超えた競争が激しくなっていて、商品や価格ばかりに注視するのではなく、顧客一人一人を大事にする意識も高まっています。

小売業が「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を考えてこなかった理由は、ビジネスがシンプルだったからです。小売業が販売する商品の多くは生活必需品で、お客さんのニーズも均質的であったため、店舗数を増やせば売上高が伸びる状況が長く続きました。しかし、現在では、結婚の有無、子供の有無、家族構成などにより、お客さんのニーズは多様化しています。お客さんの多様化するニーズに対応できない小売業は、店舗の収益性が悪化しています。小売業が店舗の収益性を高める方法は、お客さんをよく知り、地域密着型の店作りを行い、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることです。

少子高齢化による人口の減少でお客さん一人一人の価値が高まる

小売業が「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を考えなければならない理由は、少子高齢化で人口が減少するためです。2018年8月1日現在(概算値)の人口は1億2,649万人で、前年同月と比べて27万人減少(0.21%)しています。小売業の決算資料を見ていると、近年は既存店の客数の減少が目立つようになっています。コンビニでは既存店の客数の減少が続いていて、その他の業種でも、既存店の客数が減少する企業は少なくありません。人口減少による影響は大きく、大手小売業でも既存店の客数を増やすことは難しいです。

人口の減少によってお客さんの数が減ると、お客さん一人一人の価値は以前よりも高まります。小売業は客数の増加で売上を伸ばすことが難しいので、一人のお客さんに多くの商品を買ってもらわなければいけません。お客さんは月に何回買い物に来ているのか、最後の買い物はいつか、何を買っているのかなど、お客さん一人一人のことを詳しく知りたいです。ポイントカード、電子マネー、クレジットカードを導入する小売業が増えていて、顧客データの蓄積も進んでいます。顧客データを蓄積して、お客さんのことをよく知ることは、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることへと繋がります。

お客さんは歳を取っていきますが、小売業もお客さんと一緒に歳を取っていかなければなりません。お客さんと一緒に歳を取り、変化を続けている小売業は業績を伸ばしています。無印良品、ドン・キホーテは、以前は若者を相手に雑貨品を販売する店舗でした。しかし、お客さんと一緒に歳を取り、今では雑貨品だけではなく、食品、日用品、衣料品、家具、家電など、カテゴリーの拡大を続けています。無印良品、ドン・キホーテは、雑貨品の販売に留まっていれば、今のように成長することはできなかったと思います。

小売業が「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることは、お客さんと一緒に歳を取り、品揃えを拡大していくことです。小売業の品揃えの拡大にお客さんが付いてきてくれれば、無印良品、ドン・キホーテのようなライフスタイル型の小売業としてポジションを確立できます。例えば、家電には家電量販店がありますが、相対的に品揃え、価格、サービスで劣る無印良品、ドン・キホーテで家電を買うお客さんはいます。お客さんの信頼が得られれば、自然と「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」は高まります。

小売業が「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めるには、幅広い品揃えが必要になります。子供、大人、高齢者まで、あらゆる年代のお客さんに販売できる商品がある方が好ましいです。家電量販店は品揃えの拡大に積極的に取り組んでいますが、人気のカテゴリーの一つが玩具です。家電量販店は玩具を販売することで売上を伸ばすだけではなく、子供との接点を増やすことができます。子供の頃に家電量販店で玩具を買ったお客さんは、大人になれば家電を買ってくれます。子供向けの商品を販売することは、長期的に見れば、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」の向上に繋がる効果があります。

中高年の人口は若年層の人口よりも多いため、小売業の売上への貢献も、中高年のお客さんの方が大きいです。しかし、短期的な売上への貢献は小さいとしても、小売業は若年層の取り込みも強化しなければいけません。百貨店、総合スーパーは業績が低迷してますが、若年層の取り込みに失敗したことと関係していると思います。子供の頃に百貨店、総合スーパーでの買い物経験が少ないと、大人になっても買い物をしません。ユニクロは人気の衣料品店ですが、お客さんとともに歳を取っていて、中学生、高校生の時に買い物をしたお客さんは、30代、40代になっても変わらずに買い物を続けています。

インターネットは実店舗とは異なりお客さんとの関係が途切れない

シンプルなビジネスである小売業では、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」は重視されてきませんでした。小売業のビジネスは、実店舗を作って商品を並べ、そこに近所に住んでいるお客さんが買い物に来てくれるというものです。毎日、多くのお客さんが買い物に来るので、お客さん一人一人を管理するのは困難です。お客さん一人一人を管理するのではなく、お客さんのまとまりである商圏を管理してきました。小売業の成長戦略は規模の拡大で、新規出店が重要です。お客さん一人一人を管理するよりも、お客さんのまとまりである商圏を管理して、新規出店のスピードを早めることは合理的な選択です。

小売業とお客さんは実店舗で繋がっていて、小売業とお客さんの関係は脆弱であるとも言えます。店舗の閉店、お客さんの引っ越しにより、小売業とお客さんの関係は頻繁に途切れてしまいます。店舗が閉店するとお客さんとの関係が途切れますが、同じ商圏に再出店することはほとんどないので、その商圏のお客さんとの関係は完全消滅します。お客さんが引っ越しをした場合、引越し先にも店舗があれば、お客さんとの関係は繋がりますが、店舗がない場合は、やはりお客さんとの関係は完全消滅してしまいます。小売業は店舗の閉店、お客さんの引っ越しで、多くのお客さんを失っていることになります。

インターネットとお客さんの関係は、実店舗とは異なり、途切れることがありません。インターネットには実店舗のような閉店がなく、お客さんの引っ越しも関係ありません。ニールセンデジタルが2018年8月に公表した調査によると、大手ECサイトの利用者は、Amazonは4,079万人、楽天市場4,028万人、Yahoo!ショッピングは2,645万とのことです。ECサイトとお客さんの関係は途切れることがないので、ECサイトがお客さんを満足させ続ける限り、お客さんとの関係は生涯に渡って続いていきます。

オンライン小売業のAmazonは、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を理解する良い事例だと思います。Amazonはお客さんの検索履歴、商品閲覧履歴、購入履歴といった、お客さん一人一人の顧客データを蓄積しています。従来の小売業はお客さんのことをほとんど知りませんが、オンライン小売業のAmazonはお客さんのことをよく知っています。Amazonは顧客データを活用して、お客さん一人一人に最適化した売り場を作ることで、お客さんとの関係を強化しています。実店舗で商品を販売する従来の小売業と、オンライン小売業のAmazonでは、お客さんとの関係作りに大きな違いがあります。

Amazonは年間3,900円(税込)で利用できる会員サービス、Amazonプライムを提供しています。Amazonプライムには配送オプション、無料のビデオ、無料の音楽、無料の書籍、Amazonプライムデーへの参加などの特典があり、Amazonでの買い物をより楽しくする会員サービスです。Amazonプライム会員は配送料が無料になり、お急ぎ便、日時指定便も無料で利用することができます。Amazonプライム会員は配送料を気にせずに買い物ができるので、積極的に買い物をします。Amazonプライムの狙いは、お客さんの配送料の負担を減らして、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることです。

AmazonはAmazonプライム会員の人数を公表していませんが、全世界でAmazonプライム会員が急増していると発表しています。インターネットでもAmazonプライムで検索をすると、Amazonプライムを詳しく紹介するブログが多数あります。Amazonプライム会員の利用者の多くは、Amazonプライム会員は割安のサービスだと評価しています。Amazonプライム会員は、Amazonが「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高める上で重要な役割を果たしています。現在、宅配企業の運賃値上げを受け、配送料の値上げを行うECサイトが増えていますが、Amazonプライムは配送料無料を維持しています。

実店舗の役割を増やすことが小売業の収益性の向上に繋がる

小売業が「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めるにあたって、お客さんとの関係が弱いことは問題です。実店舗だけではお客さんとの関係がいつ途切れるか分からないので、インターネットでもお客さんと繋がるようにしなければなりません。実店舗とネットショップがあれば、実店舗での関係が途切れた後も、ネットショップでお客さんとの関係を維持することができます。また、実店舗があっても、お客さんがずっと来店し続けてくれる保証はありません。自動車を運転しない人が増え、お客さんの買い物範囲は縮小していくため、お客さんとの接点は多ければ多いほど良いです。

ネットショップと同様に、ショッピングアプリも小売業にとって重要です。多くのお客さんが買い物時にスマートフォンを持っていて、ショッピングアプリは実店舗とネットショップを繋ぐツールになります。お客さんに店内でショッピングアプリを使って買い物をしてもらい、気になる商品をショッピングアプリに保存してもらいたいです。ショッピングアプリに商品情報を保存してもらえれば、将来的に実店舗、ネットショップで売れる確率が高まります。また、ショッピングアプリはお客さんの購買活動を記録することができるので、将来的にはワン・ツー・ワン・マーケティングにも活用できます。

小売業は「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を意識して来ませんでしたが、家具・インテリア専門店のニトリは、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることに成功していると言えます。ニトリホールディングスの2018年2月期の決算によると、既存店の売上高は2.9%増、通販の売上高は35.0%増となっています。通販の売上高が大きく伸びていて、インターネットでも、お客さんとの関係強化が進んでいます。お客さんとの接点を増やすことは、機会損失を減らし、商品が売れる確率を高めることになり、最終的には小売業の「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めることに繋がります。

ニトリは2017年6月より、スマートフォンアプリを使った新サービス「手ぶらdeショッピング」を開始しています。ニトリの店内にある商品のバーコードをスマートフォンアプリで読み取ると、スマートフォンアプリ内に買い物リストが作成されます。店頭で買い物リストを見せることで買い物手続きができ、買い物リストからネットショップで注文をすることもできます。お客さんは店内でたくさんの商品を持ち運ぶ必要がなく、高額商品を店内で即決をする必要もなく、とても快適に買い物ができる仕組みになっています。

小売業が「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」を高めるためには、価値のある商品、優れた買い物体験が必要です。品揃えが多ければ多いほど、お客さんとの接点が増えるので、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」が高まります。プライベートブランドは粗利益率が高いので、プライベートブランドが多いに越したことはありません。来店前に商品の取り置きができたり、来店後にネットショップで注文ができれば、機会損失を減らして、「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)」が高まります。

少子高齢化により人口が減少していくため、小売業が新規出店で実店舗の数を増やすことは難しくなっていきます。今後は実店舗を増やすのではなく、実店舗とネットショップを連携させることで、実店舗が持つ役割を増やすことが重要になります。実店舗は商品を購入する場所ですが、ネットショップの注文を受け取る場所、商品を体験するショールームにもなることができます。小売業は実店舗だけで商品を販売する必要はなく、実店舗、ネットショップの両方を活用することで、売上を伸ばし、収益性を高められます。